大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所小倉支部 昭和47年(ワ)21号 判決 1973年1月31日

原告

長野義澄

被告

金子辰雄

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し金三九万三、九二〇円を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

本判決中、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。ただし被告らにおいてそれぞれ各金二五万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

原告は「被告らは各自金四七万二、七八〇円を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因並びに主張として

「一 昭和四六年九月七日午前八時頃原告は訴外熊野一成が運転する訴外熊野徹所有の自動車(北九州四ぬ九七〇PH一〇―七三四一、以下単に熊野車という)に同乗し北九州市八幡区松尾町方面から昭和町方面に向け進行し同区石坪町一丁目交差点において同区七条から茶屋町方面に向け進行し右交差点に侵入した被告中井運転の被告金子所有の自動車(北九州四さ三九七五RK四七―一二八七三、以下単に被告車という)と出会いがしら衝突し、原告は頸椎鞭打傷、左前額部、両下腿前脛骨部擦過挫創、頭部および右手関節打撲捻挫傷の傷害を受けた。

二 被告らの責任

本件事故は訴外熊野一成および被告車の運転者、被告中井がいずれも右交差点に進入する際、危険な場合は自己の車を最徐行又は一時停止することができるよう他の車の動向に注意を払つて進行すべきところ同人らはこれを怠つたため前記のとおり熊野車と被告車とが衝突したものであり、被告車は被告金子の所有であるから被告中井は直接加害者として被告金子は車の所有者として本件事故により原告が蒙つた後記損害を賠償すべき義務がある。

三 損害

(一)  治療費 八、〇〇〇円

昭和四六年一〇月一七日から昭和四七年一月一〇日までの五六日間江上内科病院における治療費

(二)  入院雑費 一万二、〇〇〇円

同年九月七日から同年一〇月一七日まで四一日間有吉病院に入院中の栄養補給費、日用品代、電話料その他雑費

(三)  妻の看護のための交通費 六、二〇〇円

同年九月七日から同月一六日まで一〇日間、附添看護のため妻が東宮ノ尾、荒生田間に要した交通費

(四)  原告の交通費 四、九六〇円

同年一〇月一七日から同月二四日まで一〇日間原告が右区間通院のため要した交通費

(五)  休業損害

(1)  原告は本件事故により勤務先である熊野徹(熊野組)から就労不能のため昭和四六年九月七日から同年一二月末日までの一一六日間給料、諸手当金を受領できず金三四万八、〇〇〇円の損害を受けた。

(2)  原告の妻は附添看護のため同年九月七日から同月一六日までの一〇日間その勤務先である今野商事を欠勤し、給料を得られず金一万円の損害を受けた。

(六)  原告は本件事故のため生活資金を借受けた元本金一五万円に対する昭和四六年九月一〇日から同年一二月三〇日まで一一三日間の利息金四万八、〇〇〇円の損害を受けた。

(七)  慰藉料

原告は、昭和四五年三月から前記熊野組に製缶工として勤務していたものであり本件事故当時五八才であつたが本件受傷のため加療を続けているが天候の影響や疲労に伴つて右受傷に基づく脳神経症の発作があり、聴覚も著しく減退し難聴となり、耳鳴り、吐気、めまいが生じ従前どおりの労働に従事することが危ぶまれ将来生活の見通しも懸念され、原告の蒙つた精神的苦痛は測り知れないものがありその慰藉料額は五〇万円をもつて相当とする。

よつて原告は被告らに対し各自金九四万五、五六〇円の損害賠償債権を有するところ、その一部請求として各自被告らに対し金四七万二、七八〇円の支払を求める。

四 被告主張の保険金を受領したことは認める。」

と述べ

被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決並びに仮執行免脱の宣言を求め、答弁および主張として

「一 請求原因第一項の事業中、原告の受傷の点は不知、その余の事実は認める。

二 第二項の事実は争う。

三 第三項は争う。原告の借用金に対する高利は原告において仮に支払つたとしてもそれは本件事故と相当因果関係がない。

四 抗弁

(一)  過失相殺

仮に本件事故につき被告中井に過失があるとしても熊野車の運転者熊野一成にも過失があり、原告は熊野徹の従業員、熊野一成は右徹の長男で本件事故は一成が徹の従業員らを仕事の現場に送る途中に発生したものであるから一成の過失は被害者側の過失と評価して過失相殺されるべきである。

しかして、右事故に際し、被告中井は時速三〇粁、一成は時速五〇粁(同地点の制限速度は四〇粁)で交差点に侵入したものであるからそれらを考慮して過失の割合は被告中井四、一成六とみるのが相当である。

しかも、本件事故につき被告中井に責任があるとしてもそれは熊野一成との共同不法行為であり、原告は本件事故前から継続的に熊野車の無償同乗を享受し、本件事故時もその運行は原告の利益になされたものであるから原告は右車の共同運行者又は運転補助者に近い存在であつたと思料されるので熊野車の運行供用者である熊野徹に対しては原告についての前記事情は原告の蒙つた損害のうち慰藉料以外の損害費目について量的に制限されるべきであるから被告らに対する原告の損害賠償請求権もその制限されたものと解すべきである。

(二)  弁済

原告は自賠保険金から金二五万八、〇〇〇円を受領している。」と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一  請求原因第一項の事実は原告の受傷の点を除き当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば原告は本件事故により左前額部、右下腿擦過挫創、頸部捻挫の傷害を受けたことが認められる。

二  〔証拠略〕によれば本件事故現場は北九州市八幡区石坪町一丁目の見透しの悪い十字路の交差点であるところ熊野一成は原告らを熊野車に同乗させて運転し前記日時、松尾町方面から昭和町方面に直進する際右交差点は見透し困難であるから一時停止又は徐行して左右道路の安全を確認して進行すべきにこれを怠り時速約四五粁で交差点に進入し、一方被告中井は被告車を運転し、七条方面から茶屋町方面に直進するに際し一成と同様に左右道路の確認を怠り時速約三〇粁で交差点に進入したため熊野車と被告車が衝突したことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

以上のとおり本件事故は、被告中井と一成との双方の過失により惹起されたものであるから同人らは原告の損害を賠償すべき責任がある。

ところで、被告車が被告金子の所有であることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば原告は被告金子に対し自賠法第三条の責任を追求するものと解されるので、判断するに〔証拠略〕によれば被告中井は被告金子に雇傭され同人の経営する金子塗装店に勤務し、日常被告車を運転していることが認められるところから、被告金子は被告車の運行供用者というべきであるから同人も原告の後記損害を賠償すべきである。

三  損害

(一)  治療費

〔証拠略〕によれば原告は本件事故前において高血圧症の治療を受けていた上、原告主張の治療も主として高血圧症に対するものでそれも本件事故後約一年経過した時期におけるものであるから右治療が直ちに本件事故と相当因果関係があると判断するのは相当でないので原告の右主張は採用できない。

(二)  入院雑費

〔証拠略〕によれば原告は前記受傷のため昭和四六年九月七日から同年一〇月一六日までの四〇日間有吉外科皮膚科医院に入院したことが認められ、右期間中原告が栄養費等の諸雑費に相当の支出をしたことも明らかであるから原告の前記傷害の程度その他諸般の事情を勘案するとその経費は少くとも一日平均三〇〇円要したものとみて入院期間中の四〇日の合計金一万二、〇〇〇円を損害とみることができる。

(三)  妻の看護のための交通費

〔証拠略〕によれば原告の前記入院期間中一〇日間原告の妻が附添看護のため原告肩書住所から八幡区荒生田町の前記有吉医院に通つた交通費は後記認定の原告の通院のための交通費に鑑み金四、九六〇円を要したものとし解しその範囲の損害を認定することができる。

(四)  原告の交通費

〔証拠略〕によれば原告は有吉医院を退院後の昭和四六年一〇月一七日から同月二四日までの一〇日間通院のための交通費として金四、九六〇円を要したことが認められるのでその金員の損害を肯認することができる。

(五)  休業補償

(1)  〔証拠略〕によれば原告は本件事故当時熊野徹の経営する熊野組の製かん工として勤務し毎月少くとも金七万円の賃金を得ていたが本件事故による受傷のため昭和四六年九月七日から昭和四七年三月一三日まで就労できず収入を得られなかつたことが認められるところ原告は右期間中、昭和四六年一二月三一日までの賃料相当額を求めるので前記事実を考慮し、その間の原告の蒙つた損害は金二八万円と解するのを相当とする。

(2)  原告は同人の妻が原告の附添看護した間勤務先を欠勤したため失つた賃金を損害として請求するがその賃金喪失は原告の妻の損害であるから原告の右主張は判断するまでもなく失当である。

(六)  原告は前記治療期間中生活資金として借受けた金員の利息を損害として請求するが本件全証拠によるもその借受けのやむを得ない必要性は明らかでないので右主張はその余の点を判断するまでもなく肯認できないが、かかる事情は原告の慰藉料額算定につき斟酌するをもつて足りる。

(七)  過失相殺

〔証拠略〕によれば、原告は前記のとおり熊野組に勤務していたが本件事故当時熊野組こと熊野徹の息子熊野一成が従業員の便宜のため通勤の際従業員を熊野車に乗車せしめていたので原告も本件事故当日熊野車に乗車し現場に赴く途中本件事故に遭遇したものであることが認められ、以上のとおり原告は通常勤務先の車であるが熊野車に無償同乗している実情は原告の本件事故による損害額算定に際して減額事由として斟酌すべきであるがこれを慰藉料以外の損害費目から減額すべきでなく慰藉料につき減額すべきであるから後記のとおり慰藉料を減額する。

(八)  慰藉料

原告が本件事故により蒙つた精神的苦痛は前記認定の事実並びに諸般の諸事情に鑑みその慰藉料を算定するが前記認定のとおりその額は減額すべきであるから以上綜合して原告の慰藉料額は金三五万円をもつて相当とする。

四  填補

原告が自賠保険金二五万八、〇〇〇円を受領したことは当事者者間に争いがないので原告の損害額から右金員を控除する。

そうであれば被告らは各自原告に対し金三九万三、九二〇円を支払うべき義務がある。

よつて原告の本訴請求は右認定の限度において正当と認められるのでこれを認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を、仮執行並びに仮執行免脱の宣言については同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松尾俊一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例